| 2007/08/29(水) 10:33 五十路の猫 |
夕べ、楽しみにしていた六年ぶりの月食を、雨雲に邪魔されてみられませんでした。
月食が終わってから顔を出した大きなお月さんを観ながら、ふとこの歌が口をついて出ました。
いつ誰に教わったのか分かりませんが、幼い頃からよく歌った童謡のひとつです。
最近は歌うこともなくなったなあと思いながら、この歌の意味を考えました。
なんとなく、お嫁に行くのはお月さんだと思っていましたが、違うのですね。
たぶん、歌っている少女が、いつかお嫁に行く日を思って歌った歌なんです。
貧しい農家で、家族はきっと仕事で忙しい。
雨降りには一張羅の着物も濡れるでしょう。
嫁に行く私が傘を差して行ったら、残った家族が困るでしょう。お供の代わりに鈴で飾った馬にゆられて、少女は1人でお嫁に行くつもりなのでしょうね。婚家に着いたら馬は来た道を帰っていきます。
残るのは私1人、嫁としていろんな事を乗り越えて行かなくてはいけません。
いつか来る嫁ぐ日、家族との決別の日を感じて、独り立ちしていこうとする少女の心を歌ったのだと私には思えます。
| 2007/09/28(金) 19:25 ヒラノエクスプレス |
この歌は、雨情が最初の結婚をした時の情景がモチーフになっているようです。
でも、子供ももうけたけれどその奥さんとはのちに離婚してしまいました。まだ、雨情が詩人として名を成し遂げていなかった頃、奥さんとしては詩よりも代代の家業をしっかりやってほしかったという思いがあり、雨情の芸術にあまり理解を示しませんでした。
しかし、2番目の奥さんと知り合ってからは雨情の芸術が理解されて詩人として名を成すようになり、まあいわゆる「あげまん」ですね。ただ、この奥さんと結婚する時は雨情のほうから奥さんの住んでいた水戸に出向いていたので、この「雨降りお月」の情景ではありません。
それでも、このような歌が書かれたのは、最初の奥さんへの申し訳ない気持ちか、実際に野口家を継いでいる北茨城の実家は最初の奥さんとの間の子供からの家系ですから、子供が昔のお母さんを恋しがっていたことでできた歌かもしれません。
なお、この後に「雲の蔭」という、こちらでは別の頁で扱われていますが、この曲に続けて歌われるようになっています。少し旋律が異なるのですが、よく同じ旋律で吹きこまれているレコードも出まわったりしています。が、やっぱりそれは不自然なので、続けて歌いながらも異なる旋律で歌うべき曲です。
いろんな人のCDがありますが、アレンジによっては哀愁が高かったり、明るくもあったり、多様です。
| 2008/03/06(木) 08:45 エンリケ航海王子 |
この歌を宝塚コドモアテネの勉強会で聞いたときは、おもわずウットリしたものでした。ある少女がソロで歌ったのですが、その子の話ばかりするので、娘はあまり機嫌がよくなかったのを覚えています。
| 2008/03/18(火) 20:42 もうすぐ60歳 |
私が幼い頃、母がよく唄ってくれました。十五夜の頃お嫁にゆく人のことを唄ったのかなー、詩のもつ意味もわからない私はメロディがかわいく感じて大好きでした。何年か前、野口雨情物語の舞台を舟木一夫さん演じて、雨降りお月さんーを子役さんたちと歌ってくださって、とてもうれしかったです。私は毎日この歌をくちずさんでいます。私の大切な娘と訳あってもう何年も会えないのです。娘が幼いころ子守唄代わりに唄っていたのが、雨降りお月さんでした。今、お月様をながめながら一人くちずさんでいると、きっと幸せに暮らしているだろーなーきっと幸せにと願いながら1番を唄いきります。雨降りお月さんのなかに登場してくるお嫁さんもきっと、静かで平和な、おだやかな日を送ってると、娘と重ねあわせて祈ってます。今夜もお月様がきれいです。
ちいさい頃聞いていたレコードと同じものをCDでみつけました。斎藤伸子さんが唄ってるものです。
澄んだ歌声が、とても綺麗で淋しげな感じが好きでした、結婚は遅かったのですが黒引きを着て、この唄を流しました。
淋しい唄だけれど私の思い出の曲です・・・
| 2008/12/12(金) 21:05 アル中ハイマー |
私は今56歳。私は童謡(唱歌)が昔から好きで、特にメロディの美しさに魅せられていました。別の言い方をしますと詩についてはあまり関心がなかったと言う事です。
しかし、かつて川田正子さんが歌詞の誤解について語られていたことで少し考えを直しました。
「どんぐり ころころ 「どんぐりこ」と、普通には歌いますが、実は池に「どんぶりこ」はまるそうです。
「灯りを点けましょぼんぼりに・・・」この歌の題は?と聞かれて1番のおわりの きょうは「楽しいひな祭り」
と思っていたら、3番の、何より「うれしいひな祭り」だそうで。
本題に入ります。この項の「雨降りお月さん」はヒラノエキスプレスさんの投稿にある通り「雨降りお月」が本当の曲名です。
30年位前にNHKのクイズ番組にこの曲が取り上げられ、この曲の珍しい特徴が題材でした。
正解は1番と2番で旋律が違うということです。
これは言葉のイントネーションにメロディをあわせた結果であるということでした。
| 2009/01/14(水) 15:35 キーウィ・ハズバンド |
1番が「雨降りお月さん」として大正14年1月に発表され、2番が「雲の蔭」としてその年の3月に発表された。
その後、昭和に入ってから中山晋平の提案により一つの曲となり、曲名は「雨降りお月」となった。
そのために1番と2番で若干メロディーが違う。
月のまわりに輪のような光がかかることを「月さんが傘をさす」といいます。この光が見える翌日は雨が降ると言われています。
雨情の妻高塩ひろが、馬に乗って野口家に輿入れした日はちょうど雨が降っていた。その時の情景を思い出して作った曲です。
なんて素敵!とは思いますが、なぜ再婚した後で、別れた前妻のことを歌うの〜!?
女心としては、ちょっと複雑です。
何かの拍子に「枯れススキ」を口ずさんでいて、作詞者の雨情を思い出し、雨情と言えば、ということで「雨降りお月さん」を思い出しました。上記コメントによれば、「雨降りお月」が正しいのだそうですが。
小生はこの歌を唄うと、よく泣いてしまいます。
今しがたもそうでした。それはいったいなぜだろうと想い、このページにやってきました。
その直接の解は得られませんでしたが、
この歌は、「たった一人でお嫁に行く」という、
「お月さん」の姿に、「この世の不憫なもの」が凝集されているように思えます。
「不憫なもの」は、必ずしも「不幸なもの」ではありません。しかし、ただひとりで「運命」に向かって進み行くその姿に、なんとも言えない感慨が起こるのです。たとえば、小生の家内でも、ウン十年前、自身の運命をこの小生にすべて託して嫁いで来たのです(今元気で走り回っていますが)。
子供の頃観た、「雨情」と言う映画には、作詞者雨情の物語が「詩情豊かに」描かれ、雨情本人が雨上がりの月を縁側で「わが子」と見上げ歌ながら、「雨降りお月さんだ!」と言ってこの歌を唄う場面も出てきました。
雨情は、おそらく、この歌に関し、上記コメントのように別れた前妻のことを思っていたことでしょう。
「唐傘」、「しゃんしゃん鳴る鈴」、「お馬」という、本来なら祝福し、華やかさや賑わいを与えるはずの小道具が、なぜか一層、「不憫さ」を演出しているのです。
雨情はさらに、いったん与えた「唐傘」を取り上げると言う「追い討ち」を、お月さんにかけ、彼女が雨に打たれて行かざるを得ないように仕向けています。
もう号泣するしかありません。
| 2010/01/27(水) 23:48 ヒラノエクスプレス |
本日は、雨情の命日ということで、あっちこっち書きまくっていますが、最後にもう一度この曲に関する思いを。思えば、最初の奥さんであるひろさんは、栃木県の喜連川から二つもの峠を越えてやっと茨城県磯原にある雨情の実家に嫁いでいたのですが、この二つの峠といえば、まず最初は那珂川水系と久慈川水系とを隔てている八溝山地のことで、かつて烏山と水郡線の常陸大子駅を結んでいた国鉄バスに常野線というのがあり、そのルート沿いだったと考えられます。この路線バスは残念ながら栃木県内までで廃止になっていますが。次に、その水郡線が添っている久慈川から阿武隈山地を越えています。この峠越えというのは、それだけ自分のいる世界が変わってしまうというある意味では戦慄の念にもかられるような思いがあります。東北本線でも氏家駅の前後が事実利根川水系と那珂川水系を隔てる筑波山系にあたり、ここを通るたびに東京から遠くなる、あるいは反対方向でもうすぐ東京だと思わせるような、決して山坂を登ったり下ったりするだけではないいろいろな思いが交錯してくるものであります。勿論、気象も大きく変わったりする場合も多いです。雨降りお月とはまさしく、その不安定な思いを不安定な気象にたとえているそのものでしょう。
| 2011/07/30(土) 22:38 KAZURA |
「雨降りお月」が正解ですね。合田道人さんの「童謡の謎3」に詳しくこの歌の説明があります。悲しい理由がわかりました。今日の朝のテレビ番組でも合田さんが自著を朗読しながら、しんみりと歌っていましたが涙が出てきました。いい歌です。