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雨降りお月さん ---- 野口雨情/中山晋平
大正14年(1925年)1月号
『コドモノクニ』
 
雨降りお月さん
 
 
作詞 野口雨情
作曲 中山晋平

 
 雨情詞の典型ともいえる、現代の視点からすれば「不気味」とすら思える内容の童謡。 雨情は、童謡は童心性の表現であるがゆえ、子どもの生活、姿が正しく表現されていれば作り手が大人であろうとかまわない、と言っていた。そして童心とは良心のことなのだ、とも説いた。童謡運動の筆頭に位置し数々の名作を残した雨情にとって、「童心=良心」の表現とは、たとえばこの「雨降りお月さん」だった。
 雨降りで見えぬはずの月にむかって、嫁に行くときは誰と行くのか? という語りかけで始まる「雨降りお月さん」は、雨情が再発見に努めた日本の自然・土俗(それは童心なるものが落ちつく場所)の重要な一部分である子どもに、何を伝えようとしていたかが、ほの見える傑作である。
 なおこの歌の初出は『コドモノクニ』(1月号)だが、同年3月号に「雲の蔭」という別の作品が発表されている。この二つを、くっつけて改めて「雨降りお月さん」としたらどうか、というアイデアを出したのは作曲の中山晋平だった。後者は、以下のような歌詞で、メロディも前者とは微妙にことなるものが使われている。

 
雨降りお月さん
野口雨情
  雨降りお月さん 雲の蔭
  お嫁にゆくときや 誰とゆく
  一人で傘さして行く
  傘ないときや 誰とゆく
  シャラシャラシランシャン鈴つけた
  お馬にゆられて ぬれてゆく
この楽曲に関する解説を投稿してください。
2007/06/23(土) 19:57 カマ爺
雨情氏について、詳しいことは何も知りません。
ただ、この唄は子供の頃からこのメロディも、詩についてもメルヘンチックな流れで今も好きです。
ただ、詩の内容が子供の時には、単純すぎてかえって意味不明で、あまり考えることもありませんでした。
でも、年を重ねると不思議とその意味がうすうすながらも判ってきたような気がします。
勝手ながら解釈を書きますと、
雨降りは現在の人生の状態、お月さんは現在の希望とか夢、お嫁さんとは本人そのもの、傘は自分を保護してくれる人、組織、権力又は地位、鈴つけたお馬とは文字通り出来れば世間体よく引っ張って連れていってくれる人、権力者、ぬれるとは非難や批判と置き換えてみたのですが?
まとめると、
今の逆境の中で夢に向かうには、サポートしてくれる人が必要です。
そんな人がいない時は、非難覚悟で、世間体のいいスポンサーに頼ります。
と言う内容をメルヘンチックにすると唄のようになるのかなあと思います。
多分、違うかな?(違ってて欲しいですね!)
2007/08/29(水) 10:33 五十路の猫
夕べ、楽しみにしていた六年ぶりの月食を、雨雲に邪魔されてみられませんでした。
月食が終わってから顔を出した大きなお月さんを観ながら、ふとこの歌が口をついて出ました。
いつ誰に教わったのか分かりませんが、幼い頃からよく歌った童謡のひとつです。
最近は歌うこともなくなったなあと思いながら、この歌の意味を考えました。
なんとなく、お嫁に行くのはお月さんだと思っていましたが、違うのですね。
たぶん、歌っている少女が、いつかお嫁に行く日を思って歌った歌なんです。
貧しい農家で、家族はきっと仕事で忙しい。
雨降りには一張羅の着物も濡れるでしょう。
嫁に行く私が傘を差して行ったら、残った家族が困るでしょう。お供の代わりに鈴で飾った馬にゆられて、少女は1人でお嫁に行くつもりなのでしょうね。婚家に着いたら馬は来た道を帰っていきます。
残るのは私1人、嫁としていろんな事を乗り越えて行かなくてはいけません。
いつか来る嫁ぐ日、家族との決別の日を感じて、独り立ちしていこうとする少女の心を歌ったのだと私には思えます。
2007/09/28(金) 19:25 ヒラノエクスプレス
この歌は、雨情が最初の結婚をした時の情景がモチーフになっているようです。
でも、子供ももうけたけれどその奥さんとはのちに離婚してしまいました。まだ、雨情が詩人として名を成し遂げていなかった頃、奥さんとしては詩よりも代代の家業をしっかりやってほしかったという思いがあり、雨情の芸術にあまり理解を示しませんでした。
しかし、2番目の奥さんと知り合ってからは雨情の芸術が理解されて詩人として名を成すようになり、まあいわゆる「あげまん」ですね。ただ、この奥さんと結婚する時は雨情のほうから奥さんの住んでいた水戸に出向いていたので、この「雨降りお月」の情景ではありません。
それでも、このような歌が書かれたのは、最初の奥さんへの申し訳ない気持ちか、実際に野口家を継いでいる北茨城の実家は最初の奥さんとの間の子供からの家系ですから、子供が昔のお母さんを恋しがっていたことでできた歌かもしれません。
なお、この後に「雲の蔭」という、こちらでは別の頁で扱われていますが、この曲に続けて歌われるようになっています。少し旋律が異なるのですが、よく同じ旋律で吹きこまれているレコードも出まわったりしています。が、やっぱりそれは不自然なので、続けて歌いながらも異なる旋律で歌うべき曲です。
いろんな人のCDがありますが、アレンジによっては哀愁が高かったり、明るくもあったり、多様です。
2008/03/06(木) 08:45 エンリケ航海王子
この歌を宝塚コドモアテネの勉強会で聞いたときは、おもわずウットリしたものでした。ある少女がソロで歌ったのですが、その子の話ばかりするので、娘はあまり機嫌がよくなかったのを覚えています。
2008/03/18(火) 20:42 もうすぐ60歳
私が幼い頃、母がよく唄ってくれました。十五夜の頃お嫁にゆく人のことを唄ったのかなー、詩のもつ意味もわからない私はメロディがかわいく感じて大好きでした。何年か前、野口雨情物語の舞台を舟木一夫さん演じて、雨降りお月さんーを子役さんたちと歌ってくださって、とてもうれしかったです。私は毎日この歌をくちずさんでいます。私の大切な娘と訳あってもう何年も会えないのです。娘が幼いころ子守唄代わりに唄っていたのが、雨降りお月さんでした。今、お月様をながめながら一人くちずさんでいると、きっと幸せに暮らしているだろーなーきっと幸せにと願いながら1番を唄いきります。雨降りお月さんのなかに登場してくるお嫁さんもきっと、静かで平和な、おだやかな日を送ってると、娘と重ねあわせて祈ってます。今夜もお月様がきれいです。
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野口雨情
のぐち・うじょう
明治15年5月29日〜昭和20年1月27日
中山晋平
なかやま・しんぺい
明治20年3月22日〜昭和27年12月30日
野口雨情/中山晋平の楽譜
シャボン玉 ---- 野口雨情/中山晋平
雨降りお月さん ---- 野口雨情/中山晋平
黄金虫 ---- 野口雨情/中山晋平
船頭小唄 ---- 野口雨情/中山晋平
兎のダンス ---- 野口雨情/中山晋平
あの町この町 ---- 野口雨情/中山晋平
波浮の港 ---- 野口雨情/中山晋平
旅人の唄 ---- 野口雨情/中山晋平
手の鳴る方へ ---- 野口雨情/中山晋平
三朝小唄 ---- 野口雨情/中山晋平
雀 ---- 野口雨情/中山晋平
証城寺の狸囃子 ---- 野口雨情/中山晋平
紅屋の娘 ---- 野口雨情/中山晋平
人形のお顔 ---- 野口雨情/中山晋平
空飛ぶ鳥 ---- 野口雨情/中山晋平
須坂小唄 ---- 野口雨情/中山晋平
木の葉のお舟 ---- 野口雨情/中山晋平
ペタコ ---- 野口雨情/中山晋平
雲の蔭 ---- 野口雨情/中山晋平
南京言葉 ---- 野口雨情/中山晋平
霜夜の鼬 ---- 野口雨情/中山晋平
鎮西小唄 ---- 野口雨情/中山晋平
青い芒 ---- 野口雨情/中山晋平
梅の小枝 ---- 野口雨情/中山晋平
港踊 ---- 野口雨情/中山晋平
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シャボン玉 ---- 野口雨情/中山晋平
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雨降りお月さん ---- 野口雨情/中山晋平
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