「兎(うさぎ)を追う」とは、単に野山でこの小動物と遊ぶことではない。ウサギを狩るのである。つまり表向きは肉食を禁じていた日本人が、実はそうではなかったことが、この甘酸っぱい追憶のフレーズに表わされている。
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というように曲紹介がされていますが、信州・東北地方では、昔から食用にウサギが飼われていましたし、ウサギを1羽と数えるのは、鳥として、あえて見做していたのではないでしょうか?
4つ足はダメですが、鳥なら食せますよね。
40年ほど前、小学校のひな祭りの音楽祭で、2番は一オクターブ上をボーイソプラノ風に独唱しました。いつ歌っても、世代を超えて、歌い継がれる歌だと思います。
異国の地で、月明かりの下、星空を見上げながら、外国人に日本を、日本人の心を紹介する歌として歌いました。
| 2008/04/30(水) 21:20 tonky |
数年前、NHKでこの歌が親しまれる理由を分析をしていた。なるほどと感心をしたものだ。特定の地域を表現せず、広範囲な情景を表す言葉で歌詞が作られ、多くの人々に支持されやすい。さらにメロデイーやリズムも日本人の感覚にマッチしていると。日本人の心が変わらない限り、歌い続けられると思います。私も大好きな曲です。
| 2008/05/03(土) 11:01 長野県 82歳 みい |
〈ふるさと〉は長野県の北部、千曲川流域。
(1)【つつがなし】…ここで、辰之の“ふるさと”は北信濃であることがわかります。恙虫病は、長野県北部の千曲川流域の風土病と昔は思われていたからです。「恙無し」とは、恙虫病に罹らないで元気にお暮らしでしょうか、と考えられます。以前見た、辞典には、山形県にも流行した地域があるそうです。
辰之は千曲川近くに住んでおり、飯山へ通うのに毎日、見ていました。ですから、「達者」とか「元気」で、とは違う表現で父母を想ったのではないでしょうか。
(2)【雨につけても】でも父母への想いが出ていまう。なぜなら、今も千曲川の台風による洪水の被害も繰り返されています。
ですから、地域の特定は出来ない、という説もありますが、生まれ故郷の豊田村(現中野市)であると言えます。
もう一つ、兎狩りはこの地方の親子・近隣が集まっての楽しみでした。子どもは勢子だったと語ってくれました。
| 2008/05/07(水) 16:16 長野県 82歳 みい |
5月3日の⑴の補足で、他県の方へ。
【信濃川】を長野県では【千曲川】と言い、長野県東部の小諸市方面が上流です。新潟県に入ってから信濃川となります。
更に付け加えると、松本市・安曇野を流れている川も千曲川の上流に当たり【犀川】と言います。
その犀川と千曲川の合流地点が〔川中島〕です。信玄と謙信が戦った所で、観光地として知られています。
辰之が通った飯山は、長野県でも特に北。豪雪地帯です。極く稀れですが、今でも恙虫病に罹る人があると、新聞に載ることがあります。
恙虫病の検索は、伝染病 恙虫病 で出ます。その中の 0519「恙虫病」とは、が分かりやすいと思います。風土病でなく、伝染病だったのですが、「恙無く」暮らしていますか?とことばをかけあったのが語源になったとのことです。
還暦同窓会をやって、もう少しで10年になろうとしているこんにち、中学の同窓会事務局の有志が中学3年生の頃の゜文集」が見つかったので再編集した物を送付してくれました。卒業後60余年になるこのときに貴重なものが見つかったことを大変あり額思っています。その文集に対する思い出や俳句・詩等々を募集しているので投稿すべく書いていたら
先日街の総合病院にピアノコンサ―トが開催されていて高野辰之作詞の故郷を聴衆者全員で歌いましたが「兎追いしのフレ―ズにある」兎追いを中学生全員で冬山で学校行事として、当時やっていました。
当然獲物は裁いて混飯具として使われ、生徒は歓声
を上げて食したものです。
夢舞台さんの書き込みを良く理解出来ますし懐かしく思いました。
音楽会で、『ふるさと』を全校&会場のみなさんと歌ってます。