| 2008/01/24(木) 10:56 稲子次郎(ペンネームです) |
昨年4月に投稿させて戴いた者です。青柳順子様、有難う御座います。又、「浜辺の歌三番」様、月白様、是非、私のコメントも読んで戴きたく、投稿致します。
実は、私の著書「一度だけの『浜辺の歌』」には続編がありまして、「それからの土」というのですが、この「あとがき」に書きました内容を抜粋してお目にかけたく思います。ご参考になさって戴けたら幸いです。
・・・この作品は、前作「一度だけの『浜辺の歌』」の続編として書いたものである。(中略)
前作を含めた二つの物語は、もう一つの主題を持っている。私は、かねてより「浜辺の歌」に強い憧憬を抱いていて、いつかはこの歌をモチーフにした作品を書きたいと思っていた。歌詞の意味するところを研究し、遠大な、二つからなる小説の梗概を立案した。一人男性主人公を設定し、その人生を大きく二つに分け、浜辺の歌と結び付けた物語を描いた。一作目の「一度だけの・・・」では若き日の純愛群像を描く中で、浜辺に寄せる波を「愛」貝を「待ち人」として、一番の歌詞に籠めて書いた。二つ目の本作では、貫かれた夫婦愛という形をとって、人間本来の「愛」の尊さを、やはり浜辺の歌の二番、三番の歌詞に籠めて書いた(三番の歌詞は現在歌われず、一般にもあまり知られていない)。ここでは、私がこの物語を書く上で、それぞれの歌詞になぞらえた私なりの思いを書きとめておきたい。
(二番)ゆうべ はまべを もとおれば
むかしの ひとぞ しのばるる
よするなみよ かえすなみよ
つきのいろも ほしのかげも
こうして晩年に近づくまで共に暮らした夫婦なのに、私(勘次=*主人公の名)は、亡くした恋人を偲んでは心を乱してしまった事がある。罪な事だと分かっているのに、妻の姿の蔭に見え隠れする面影は、寄せては返す波のように現れ、心は、追憶を求めてさまよってしまった。
(三番)疾風たちまち 波を吹き
赤裳の裾ぞ 濡れひじし
病みし我は すでに癒えて
浜の真砂 愛子今は
激しい「運命」変転に、私(真由美=*主人公の妻)は翻弄され、格好だけの、意気込みだけの「野良姿」は、濡れそぼるほどに苛まれてしまった。病んだ私はあなたの愛によって救われた。今は、あなたと歩んで来た人生のすべてが、わが子供のように、ただただいとおしい。・・・後略・・・
「一度だけの『浜辺の歌』」も「それからの土」も全国の書店に流通しておりますので、ご興味がありましたら是非お読み下さい。ご希望があれば、私の手持ち分にサインをしてお送りする事も出来ます。長々と済みませんでした。稲子 次郎
| 2008/03/02(日) 13:47 通りすがりの人 |
確かな情報ではありませんので、参考までに・・・
私は先日、学校の音楽の授業でこの曲を習いましたところ、教科書にも二番までしか載っておりませんでした。
先生のおっしゃることによりますと、この曲は、我が子を失った古渓の悲しみの歌であり、三番にはとくにその情景が現れているということで中学生には、二番まででよく、三番は非常に不適切だという、勝手な配慮があり、教科書には二番までしか載らなかったのだ。とおっしゃっていました。
しかし、三番にこそこの歌の本来の趣旨があり、三番なくしてはこの曲は完成といえないと、憤慨しておられました。
先生のおっしゃっていたことを、私の記憶を頼りに書いておりますので、確証はございませんが、こういうエピソードがあったそうです。
小学校のとき習ったのですが、3番はハンセン病を歌ったもので、差別的な意味があるので歌われなくなったと聞きました。
| 2008/05/02(金) 20:36 清原治夫 60歳 |
小さなピアノ発表会で弾きます。
| 2008/05/29(木) 16:30 おせっかいおばさん |
林古渓自筆の書き込みのある楽譜(昭和13年第13版・セノオ音楽出版社)によると、三番は、
はやちたちまち波を吹き、赤裳のすそのぬれもひぢし。
やみし我はすでにいえて、濱邊の真砂(まなご と読む)まなごいまは。
となっているそうです。
| 2008/06/04(水) 21:15 スーパーマン |
今、学校で歌ってます!!少しリズムがむずかしいけど作曲者などの、気持ちを考えながら勉強してます。
| 2008/11/14(金) 21:58 柳依煙 やなぎいえん |
たしか読売新聞に、この曲の作者は芸大の学生で、同じ学校の女学生に恋していた。しかし、女性は親の薦める人と結婚をしてしまい、悲しみをこらかねて、この歌を作ったとの記事がありました。失恋した彼は、作曲を自らおこない、歌詞は頼んだそうです。歌詞は次のように読み取ることができるでしょう。失恋して夕方の浜辺をもとおる(徘徊)と、昔のこと、かつての恋人のことが、思い出される。寄せる波も、返す波も、雲のさまも、貝の色も、月の色も、星の影も、すべてが昔の恋人を思い出させる。あの時、はやち(突風)のように、恋人を奪われ、彼女の赤い裳裾は、ぐっしょりと濡れてしまった。その失恋の痛手から、なんとか立ち治った私ではあるが、あなたを忘れられない。浜辺の真砂のような美しい恋人よ、まさご・まなご・愛子・私の恋人よ、今はどうしているのですか。
| 2008/11/28(金) 20:31 yo-yo- |
自分も今、学校のテスト範囲で歌詞を覚えています
でも、昔の言葉っぽくてなかなか覚えられません。
でもやっぱり成績とかに響くので頑張ります!!!
この林古渓の詩は大正2年に東京音楽学校の校友会誌に発表され、翌3年成田為三により曲が付けられましたが、そのとき既に古渓の意図した原詩とは相違していたようです。しかし、一応これが原典でしょう。大正7年にセノオ出版が楽譜出版した時、かなり間違いが生じ、一番の「風の音よ」→<風よ音よ>、三番の「ぬれもひぢし」→<ぬれもせじ>、「すでに癒えて」→<すべて癒えて>、「真砂(マナゴ)」→<真砂(まさご)>と、誤植のまま出版されました。昭和13年のセノオ版は初版と同じでしたが、古渓自身が筆を入れ、三番は<ぬれもせじ>→「ぬれもひぢし」、<すべて癒えて>→「すでに癒えて」と訂正され、<真砂(まさご)>、と<風よ音よ>はそのままとなりました。
現在、「しのばれる」→「忍ばれる」、<風よ音よ>→「風の音よ」、「ぬれもひぢし」→「ぬれひじし」と訂正されていますが、だれが、何時、何処で、というのは、調べて見ましたが分りません。ただ「忍ばれる」というのは単純に意味が違いますので、校閲者のミスでしょう。漢字にするなら「偲ばれる」です。
訂正します。
「しのばれる」→「忍ばれる」は「しのばるる」→「忍ばるる」です。