しに笛供してで今この曲を教えていただいております。笛の音に載せると一段と違うような気がいたします。
S23年生まれです。小学校の唱歌になかった歌ですがいつのまにか覚えた歌です。3〜4ヶ月前にカラオケに新しく取り込まれていました。
| 2008/01/15(火) 23:26 デュフレーヌ |
須磨寺まで「小枝」を見に行きました。
平家物語は悲しいですね。
敦盛も忠度も死に際が潔いのは美化されているからでしょか?
今の若い方はキセル乗車を「さつまのかみ」と言っても通じませんね。
老健施設で音楽療法をしています。その中にこの歌を口癖のように歌われる方がいます。音を聞き取り楽譜を作りたいと思いましたが、歌詞は判るのですが曲があいまいで分かりません。そこでネットで検索しました。
子供の時、お年寄りから古い時代の歌を教えてもらい口ずさんでいました。その中の一曲です。
敦盛の首を取ったのは、熊谷直実とされる。紅顔の美少年、自分の故郷に残してきた息子と同じくらいの年の敦盛を、自分の手で殺めることに、熊谷には一瞬ためらいがあったに違いない。しかし、追っ手は迫る。複雑な思いで手に掛けた熊谷。亡骸からぽろりと笛が落ちる。この笛は…。昨夜、陣中にあって聴いた笛の音…戦で荒んだ心を洗うような澄んだ音…さすが平家、雅の心を忘れぬ、敵ながら見事と感嘆した笛の音の主が、この若い武将だったとは…。熊谷は男泣きに泣いた。このことが機になったかどうかはわからないが、熊谷はその後出家して、親鸞などの兄弟弟子となったそうである。
お茶の席では、季節になるとアツモリソウとクマガイソウを合い向かいに茶花として生け、二人を偲んでいるそうです。
上↑のお二方のコメントに、お年寄りが口ずさんでいた…とありますが、品格の高い精神を持った市井の人が昔は多くいたと言うことを物語っているような気がいたします。また、この様な曲を残してくださった先人の偉大さにひれ伏す思いです。